風祭文庫・頂き物の館

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頂き物・第3話「黒幕(プロデューサー)」

第3話「黒幕(プロデューサー)」

 4月中旬
 「…あの事故から、もう3年か…」
 ちょうど3年前のこの日、製薬会社の社会見学で事故に巻き込まれ、
男性化するとともに普通の人間ではなくなってしまった杏。
 この年のこの日、奇しくも杏たちのクラスでは社会見学だった。
といっても、見学にあるのは沼ノ端でも有名なテレビ局だ。
 そして、今は撮影スタジオの見学だ。
 杏は目の前に置かれた大きな鏡を見て思う。
 大きな鏡に映っているのは、ブーメランパンツをもっこりさせた
筋肉質なイケメンの水泳選手ーそれは紛れもなく杏だった。
 「(…こんなもの得たくなかったのに)」
 杏は大きなものを失った代わりに大きなものを手に入れたのかもしれない。

 「おおーい。木之下~、さっさと出てこないと撮影が始まらないぞ~」
別の男子生徒が杏を呼ぶ。
 「ああ、ごめん。ちょっと考え事していて…」
 そういうと杏はほかの生徒たちが待つカメラの前に来ていた。

 自由時間。
 杏は休憩所に来ていると、そこに事務服を着た女性の姿があった。
「杏ちゃんお久しぶりね」
 「う…海さん…」
 杏の目の前にいるのは杏に女性ものの服をデザインした謎の女性・海である。
杏は彼女のおかげで何とかここまで持ち直してきたようなものだった。
 「で、どうなの、あの新入りの男の子は」
 「ああ。彼らはもうボクの仲間ですからね。」
 「そうよね。男の娘’sとか作ったら受けるのかもね」
 海は冗談半分でいった。
 「あ、そうそう、これ、伝言よ」
 杏は書かれていた伝言を見た。
 「ああ、ここに来いということか」
 杏は半ば怒っているようだった。

 -編成部長室
 杏はそう書かれた部屋をノックする。
 「入りたまえ」
 杏は部屋に入る。そして、目の前の椅子に座っている男をにらむ
 「木之下杏君、どうかね、今の気分は」
 目の前の男は杏にこう話しかける。
 「…ずいぶんと、偉くなられたんですね。牛島さん」
 目の前にいる男は牛島智也。このテレビ局の編成部長にして名物プロデューサーでもある男だ。
 何を隠そう、3年前の事故の報道でも沼ノ端地方でのこのニュース報道を陣取っていた
のはこの男である。
 「…わざわざこんなに離れた地方まで野次馬をして、今度はこの地方に来たボクをおもちゃにするんですか?」
 杏は智也の前で激昂していた
 「落ち着きたまえ。あの事故に関しては君の知らない話があるんだよ」
 「…なんですか?」
 「あの事故で君や青葉君の所には多額の賠償金が入ったと思う。そして、製薬会社は表向きは倒産した。」
 「…そうですけど、それじゃボクも青葉も、この体のことは…」
 「体のこと?男になったことか?」
 「そのせいでどれだけ苦労したと思っているんですか?」
 「…考えてもみたまえ。君は男になっただけじゃない。とんでもない力を手に入れたんだ。」
 智也はさらに続ける
 「あのような力を手に入れるには、恐ろしく変化した怪物やあるいは何も言えないような植物の姿になってしまうものなのだよ。
 私の妻である里枝もそうだった。それに私や柵良茉莉さんなんかは黒い巨大な怪物のような姿だった。」
 「それに引き換え君はどうだ?ほとんど人間と変わらない姿で、しかも魅力的な男になってるじゃないか。製薬会社の事故は
ほとんど人間から姿を変えないまま、化生の強大な力を与える可能性を生み出したのさ。だからあの会社は事実上の倒産ということだが、
君の知らない世界から多額の報奨金をもらってね、今は別の研究をしているところだったのだよ。」
 「じゃあ、ボクを女に戻すというのは…?」
 「それをやってしまえば今君が秘めている強大な力をすべて失うことになるんだぞ。」
 智也は杏にこう指摘する。
 「それに、今の私の地位があるのは、マッチョマンと里枝のおかげだ。あの事故で得をしたわけじゃない」
 智也はさらに付け加えた
 「まったく…そろそろ時間なんで帰りますね。」
 杏は勢いよく部長室から出て行った。

 その日の夜、杏は自分の部屋に青葉を呼んだ。
 「今日はどういうことなの?」
 「そろそろあなたに本当の女装がどういうものか教えようと思って」
 杏はそういうと青葉に海からもらった女性ものの服を分け与えた。
 杏の時と同様、青葉はほぼノーメイクでも女性に見えるような感じだった。
 「今のほうが十分女らしいと思うけどね。ボクも君も」
 青葉に杏はこういった。
 「入学式から、ずっと女の子のうわさになっていてね。はじめは今までとは
違う反応に喜んでたけど、何か違うような気がするんだ。」
 青葉はどこか困ったように言う。
 「それはボクもとおってきた道だよ。」
 杏は青葉にやさしく答える。
 「…今日もクラスメイトから声をかけられて…
 こんなこと今までなかったから、初めてで。」
 青葉はクラスメイトの女子から声をかけられたことを語った。
今までにないようなことだったので初めてだったのだろう。少し焦っている。
 「じゃあ、次は女の子らしい自然なメイクと行こうか。」
 杏は次に青葉にメイクを教える。
 青葉も自然な女装のやり方を覚えるのが板についてきたようだった。
 「女の子に声をかけられたんだったら、次はイケメンとしてどうやったらいいのか、ってことだけど、
 今日は疲れたからこれぐらいにするか。」
 杏は青葉を自分の部屋に帰した。


 青葉は自分の部屋に帰った
 「…ふう。」
 青葉は制服を脱ぐと、杏からもらった競パン1枚になる。
 杏から自分の女装を否定されたからか、どうも家にいるときは何も着ないほうが落ち着くようだった。
 「…イケメンとしてどうあるべきか、か。」
 青葉はしばらく悩んでみた。
 今の自分は杏ほどではないが筋肉質でブーメランパンツをもっこりさせている。
 そして女だったころの面影を残しているせいか、美少年のように見える。
 部屋にあった乙女ゲームなどを見ながら、気障なセリフを出してみる。
 …なんていうか、自然な感じだった。
 「…女装も似合う完ぺきなイケメンか。目指してみてもいいかも。」
 青葉はそう思いながら寝てしまったようだ。

 数日後
 杏と青葉は珍しく女装して遠くの町を歩いている  
 「やあ!」
 後ろを振り返ると、そこには一人の少女がいた。
 「僕だよ。琴美だよ。」
 「二人して女装かい。僕も半年前まで女子高生だったからね。
 女の期間が長いから、君たちには負けないつもりだぞ」
 「なるほど、琴美も十分美人だな。」
 女装した3人の少年はじゃれあいながら町を歩いていた。